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札幌地方裁判所室蘭支部 昭和33年(わ)196号 判決

被告人 曾根忠克

主文

被告人を懲役十月に処する。

未決勾留日数中百日を右の本刑に算入する。

なお被告人に対する昭和三十三年十一月十二日付起訴状記載の公訴事実中、被告人は、昭和三十年八月十日(十五日の誤記と認定)午後十一時頃東京都江東区深川扇橋二丁目五番地飲食店「ときわ」方前道路上において田丸衛の顔面を手拳で殴打し、もつて同人に対し暴行を加えたものであるという点については被告人を免訴とする。

理由

(一)、罪となるべき事実

被告人は、

第一、昭和三十年八月十五日午後十一時頃東京都江東区深川扇橋二丁目五番地飲食店「ときわ」方前道路上において些細なことより河合清と口論の末、同人の顔面を手拳で殴打し同人を同処に顛倒せしめ、よつて同人に対し治療約五日間を要する左耳後部左頬部切創の傷害を負わせ、

第二、昭和三十三年六月二日午後十時四十分頃室蘭市海岸町無番地室蘭警察署海岸町巡査派出所内において同所勤務の警察官に対しチンピラ野郎等と暴言を吐いたため、警察官に同派出所外え連れだされたことに憤慨し同所入口前に立つて被告人の侵入を阻止していた北海道巡査丹野武雄、同太田貞夫、同佐藤勝雄等の顔面に小砂利を投付けてこれを命中させ、よつて同人等の職務の執行を妨害し、

第三、昭和三十三年九月三十日午前五時頃室蘭市海岸町室蘭駅前道路において友人三浦成夫が佐川立彦と口論の末、丸太棒にて殴打されたのに憤慨し、同所において同人の頭部顔面等を手拳にて殴打した上転倒せる同人の頭部顔面部等を革靴履きの侭蹴る踏み付ける等の暴行を加え、よつて同人に対し治療約三十日間を要する前頭部左額切創、前頭骨陥没骨折、右顔面打撲傷等の傷害を負わせ

たものである。

(二)、証拠の標目〈省略〉

(三)、判示第一事実に対する判断

前記判示第一の傷害の点について検察官は当初、昭和三十三年十一月十二日付起訴状により「被告人は第一、昭和三十年八月十日(十五日の誤記)午後十一時頃東京都江東区深川扇橋二丁目五番地飲食店「ときわ」方前道路上において些細なことで河合清と口論の末同人の顔面を手拳で殴打し以て同人に対し暴行を加え、第二、前同時頃同所において右暴行を制止した田丸衛の顔面を手拳で殴打し以て同人に対し暴行を加えたものである」として二個の暴行罪(刑法第二百八条)の一訴因として公訴を提起したのであるが、その後当裁判所における第一回公判(昭和三十三年十一月二十四日)の冒頭において、検察官は前記判示第一事実の如く右の内第一の暴行の点のみは、その訴因を傷害罪に罰条を刑法第二百四条にいずれも変更され度き旨陳述し、これに対し、弁護人ならびに被告人は、いずれも何等異議無き旨を述べた、しかして、右訴因の変更の申立の許否、ならびに之に関連する諸点についてはいささか、疑義をさしはさむ余地無しとしない。よつて以下に右の諸点を検討する。

右の当初の起訴にかかる二個の暴行罪の内、第二訴因たる田丸衛に対する暴行については後記(五)(免訴の理由)において論述するのでこれは暫くおき、以下右の第一訴因たる暴行罪を構成する事実を見るに右は昭和三十年八月十五日(十日とあるは誤記と認む)の犯行であり、刑法第二百八条(罰金等臨時措置法第二条第三条)によれば暴行罪は二年以下の懲役若くは二万五千円以下の罰金又は拘留若くは科料に処することとなり、刑事訴訟法第二百五十条第五号により犯行後三年の期間の経過によつて公訴の時効が完成することとなる、しかして本件暴行罪について公訴提起のなされたのは昭和三十三年十一月十二日であつて右起訴の際には既に右の時効期間を経過していることが明白であつて、本件においてなされた検察官の釈明およびその提出にかゝる疎明資料によれば右の事案について被告人は昭和三十年八月十八日東京地方裁判所において判示第一事実と同旨の被疑事実等について勾留せられ、当時東京地方検察庁において担当検察官の取調がなされ、その後身柄は一旦釈放せられたるも被告人の所在が不明確であつたため当時は起訴せられるに至らず日時を経過したものであることが窺はれる、しかして右の時効の進行を阻止するに足るべき、訴訟法上有効なる措置としては本件当初の起訴に至るまで何等なされていなかつたものである、しかりとすれば右の暴行の点については刑事訴訟法第三百三十七条第四号によつて免訴の言渡をなすべき場合に該当するものの如くである。

しかしながら、本件公判における検察官の訴因変更の主張に対する弁護人および被告人の応答によれば、本件弁護人等はいずれも右の検察官の訴因変更請求を許容し、これを傷害罪として実体的審判をなすことを希望しているものである、しかして右の暴行と傷害の各訴因を構成する公訴事実を比較検討するに、犯行の日時、場所、被害者犯行の態様等いずれも同一のものであり、刑事訴訟法第三百十二条の規定する訴因変更の諸要件において欠くる処なく、同条第四項に規定する「被告人の防禦に実質的な不利益」を及ぼす虞なき場合とも考え得るのであり、且又、本件各訴因中右の暴行罪の点についてのみ一旦被告人を免訴とするも、被告人は更に判示第一の如き傷害罪として新な起訴を受ける可能性のあることが予測せられ得る。しかしてもし右の如く再起訴を見るにおいては、被告人の不利益は増大し審判上も亦支障少なくないことが予想される。しかして訴因の変更については諸般の規制ありて、みだりにこれを拡張すべきものに非ざることは自明の理とする処であるが、本件の如き事例に限りこれを許容することは訴訟経済の観点よりも亦これを排斥するに足るべき実質的理由に乏しく、むしろ、検察官の本件訴因変更の申立はこれを許容することとし、本件はこれを判示第一の傷害の訴因についての起訴として有効とみなし、更に手続を進め、実体的審理に這入り、前掲各証拠の取調をなした上、右の公訴事実を再度検討するに判示第一の事実を認定することが出来る。しかしてこれを前記変更請求前の暴行罪の訴因に掲げる構成事実と対比するに、その実態において同一の行為であつて、該暴行の点は判示第一の傷害行為の一段階にすぎず右の傷害はその結果であつて、事案の実体は傷害行為であることが明瞭である。されば、かかる場合において、右の如く本件を暴行罪として取扱うのは部分たる行為を捉えたものたるにすぎず、行為の全体を綜合的に観察するに右は判示第一の如き傷害行為である、しかして右の部分たる暴行の行為が公訴の時効期間を満了しているとしても、それらの部分を包括し結果を含む全体としての傷害の行為はそれ自体、いまだ時効を完成していないのであつて、本件を暴行罪として起訴した手続上の瑕疵は本件の訴因変更によつて、治癒することの可能なる場合と解することが出来るものと考える。以上の様な観点よりも本件訴因変更の申立はこれを有効なるものと認める。(参考、学説(一)、団藤重光著、訴訟状態と訴訟行為。(二)、註釈全書、小野・横川・横井・栗本共著、刑事訴訟法。判例、最高裁判例集、第五巻、第十三号、二六二三頁、暴力行為等処罰に関する法律違反被告事件)

(四)、法令の適用

被告人の判示第一および同第三の各傷害の点はそれぞれ刑法第二百四条罰金等臨時措置法第二条第一項、第三条第一項第一号に、判示第二の公務執行妨害の点は、刑法第九十五条第一項に、各該当するので情状によつて所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文第十条によつて重き判示第三の傷害の罪に併合罪の加重をした刑期の範囲で被告人を懲役十月に処し、なお同法第二十一条を適用し、未決勾留日数中百日を右の本刑に算入する。訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項但書によつて被告人に支払能力が無いことが明らかであるから全部これを負担させない。

(五)、免訴の理由

なお被告人に対する昭和三十三年十一月十二日付起訴状記載の公訴事実のうち、その第二の訴因によれば「被告人は昭和三十年八月十日(同月十五日の誤記と解せられる)午後十一時頃東京都江東区深川扇橋二丁目五番地飲食店「ときわ」方前道路上において田丸衛の顔面を手拳で殴打し、もつて同人に対し暴行を加えたものである」というのであり、右は前掲(三)において論述せる訴因とは別個独立の暴行罪であつて刑法第二百八条(罰金等臨時措置法第二条第三条第一項第一号)によれば二年以下の懲役若くは二万五千円以下の罰金又は拘留若くは科料に処することとなり、刑事訴訟法第二百五十条第五号により三年の期間の経過によつて公訴の時効が完成することとなり、前掲各証拠によれば被告人の前示犯行は昭和三十年八月十五日であるから右について公訴提起のなされた昭和三十三年十一月十二日には既に右の時効期間を満了していることが明白である。しかして右の点について時効期間の進行を停止するに足るべき事由も無く既に時効が完成したものと認定する外ない、よつて右の訴因については刑事訴訟法第三百三十七条第四号によつて免訴の言渡をしなければならない。

以上によつて主文のように判決する。

(裁判官 藤本孝夫)

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